東京ソックスは1951年、戦後復興の中、青年・田中團治郎の熱い思いにより八王子の地に創られました。東京ソックスの創業者・團治郎の先代までは、蚕から、絹糸製造をして、販売、輸出をしていましたが、第二次世界大戦から復員した後に、日本人が近い将来、一層、西洋の装飾文化が浸透することを考えて、絹糸製造販売を続けて行くことに見切りをつけ、靴下製造販売に業態転換するべきだと判断したことがきっかけでした。

 創業当時は、戦後間も無い時代だったので、機械や、原料などを揃えるのにも一苦労でした。團治郎は、会社運営に係るものの全てのものを、知り合いを通じて、交渉し、買い揃えました。何の後ろ盾がない中で、会社を立上げつくり上げて行くことは想像を絶する苦労の連続の日々でしたが、團治郎の人柄と妻・スエの献身な支えにより事業化に成功したのです。

創業当時は、親類や家族などで始まり、事業規模が大きくなってからは、社員寮や、社宅、福利厚生施設などを整えて、地方から求人して、社員や、幹部として登用するようになりました。当初は、見様見真似で、ただ、履けるだけの靴下を造り、馬喰町辺りのヤミ商に販売していましたが、戦後の復興と共に、少しずつ販売先も増え、商品の改良も行ってきました。

團治郎は、使命感に溢れた人間でした。長く続く会社を目指していただけでなく、日本の雇用作りの意識も高く、従業員は家族同然に扱っていました。当時は、地方から身一つで上京し、仕事をする若者も多く、細かな仕事の内容を指導するだけでなく、世の中の常識や知識、知恵など社会で生きていくための力を教えることも多々ありました。食事なども食堂で決まった時間に一緒に取り、従業員の私生活の相談も積極的に受けていました。

社内では、團治郎は父親と同じようなもの、妻のスエは母親同然のようなもので、親父さん、奥さんと呼ばれていました。
戦後の激しい時代の変化と共に、会社も変化していったものの、根底にある思いや社会貢献に対する意識は変わることなく、團治郎は経営を熱い情熱を持って続けて行きました。