1990年代に入り、バブル崩壊と共に日本の景気は大きく後退し、東京ソックスも時代の荒波を無視することはできない状況にありました。また経営者も田中團治郎から田中伸治に代わり、荒波を超えるために、正しい意思決定をしていかなくてはなりませんでした。当時、靴下事業は不採算に陥っており、厳しい経営状況が続いていました。先代から引き継いだ思い、従業員達の生活、取引先への影響など多くのことを考えなければならず、継続か、撤退か、夜も眠れぬ日々が続きました。
結果、意思決定を先延ばしにすればするほど、取り返しのつかないことになる…、そう考え、現経営者は苦汁の思いで靴下事業からの撤退を決断したのです。撤退を行うことは容易なものではありませんでした。あらゆるステークスホルダーに対して、説明や対応が必要となりました。しかし、この創業始まって以来の荒波を、様々な痛みを抱えながらも真摯な姿勢で困難に向き合うことで、東京ソックスは乗り越えることができたのです。

一方で、再成長をするために再度、事業の構築をしなければなりませんでした。そんな中、会社の所有する土地に食品スーパーが会社の跡地の一部を借りたいという要望を受けていました。靴下事業の副業として、八王子駅付近のビルや、信用金庫の賃貸ビルなどの賃貸ビジネスを長年展開しておりましたが、実際に本格的に賃貸業を行ってみると、収益性が高く、将来性があることが分かりました。その結果、現経営者は靴下事業から不動産賃貸業を今後の事業の核にしようと決断しました。それから、大手不動産会社経由で収益性の高い賃貸ビルを探索しましたが、有益な情報を入手できない時期が続き、従兄弟の会社の薦めで、宅建免許を取って、不動産開発や、売買をしている中で、収益ビルの良い案件の情報が入って来るというアドバイスの下、不動産開発と不動産売買を従業にすることにしました。


その後、不動産事業だけでなく、事業の多角化を進めていき、会社の再成長を実行する必要があると考えました。そこで、比較的参入しやすいフランチャイズビジネスを検討することにし、結果、一定の市場規模と事業の分かりやすさも兼ね備えた飲食事業を展開することしました。現在は、子会社である㈱インターシステムが各飲食店舗の管理・運営を行っています。

多角化のもう1つの事業がオートクリエイティブ事業です。根底には他社が展開していない事業で、かつ挑戦的な事業を展開したいという現経営者の思いがありました。自分が乗ってみたいような世の中に無いたった一台の車を創り、その製造を手掛けているパートナーと共に、それらの車を本当に求めている顧客に届けることを使命としています。

創業時から業種が変わり、ビジネスの手法なども変化していますが、創業精神の創意•工夫•努力ということは、形や手法を変えながらも、現在も引き継いでいます。事業転換した後は、過去に身をもって体験した経験から、確実に利益を上げ、会社として新たな挑戦を行い、あらゆるステークスホルダーの幸福を創造することが会社の在るべき姿と捉えています。現在は、安定感が有って、魅力があり、時には何かをおこすことができるようなミステリアスな要素もあるような会社を目指し、日々、経営を行っています。